破壊される司法
裁判員、ロースクール、司法制度改革。
結局のところ、なにか痛々しい残骸が残っているだけという惨状になりつつある気がしてならない。
裁判員。鳩山法務大臣が、三流デパートの屋上の展示即売会の脇ででも飛び跳ねていそうな着ぐるみを着てはしゃいでいる。我らが日弁連会長が、どうかんがえても金をかけずにとってつけたキャラクタを横にして裁判員制度を喧伝している。しかし、裁判員制度に積極的に賛成している人はどれほどいるのだろうか。少なくとも、私の周りの一般市民で、裁判員制度を心待ちにしている人はほとんどいない。私の周りの法律家どもからして、「いったい裁判員なんて誰が言い出したんだ?」と本音で語るものも多い。確かに、誰が言い出したんだ? 司法の民主化とかいうことらしいが、みのもんたが言い出しっぺの一人であることはまず間違いないだろう。彼はしばしば「この裁判官は非常識だ」的なことを堂々と言ってのけるから、ぜひ常識的な裁判を執り行っていただきたい。できるものなら。しかしそれ以外に言い出したやつは誰だ?
ロースクール。卒業すればほとんど法曹になれるという触れ込みだったが、ふたを開けてみたら、半分もなれないばかりか、なってみても就職口がない。就職できても忙しい割に時給単価が安くしかも数年で使い捨てのアソシエイトクラスのビジネスローヤーばかり乱造されて、伝統的な余裕を持ってリーダーシップを発揮しようとする弁護士は多く巣立たない。だいたい、所詮法学部の学者ごときが実務家法曹を育てようということ自体が失敗が目に見えているところ。栄養学の博士が板前を育てられないのと一緒。われわれ弁護士ごときが法学部の学者になろうなんておこがましいことは考えないんだから、大学の先生たちも自ら研究してるか学問を教授しておるだけでいい。それを、自分にすら未知の法曹実務家を直接育ててみようなんて僭越なことを考えるから失敗する。所詮商業主義の大学とレッテル詐欺の法曹養成制度に踊らされているロースクール生だとか司法試験受験生が実に気の毒だ。
そろそろ賢明な学生はこの辺のことを十分承知しつつあって、ロースクールには行かなくなるんじゃなかろうか。だって、ロースクールを出て弁護士になっても、大手事務所に入るなら外資系企業に就職するのと似たようなものだ。大枠として資本経済の枠組みに歯車として取り込まれるだけの話であって、会社員的な規則正しくハードな生活が待っている。それなら留学してMBAでもとって普通に就職して上を目指すなり企業するなり投資家になるなりした方が、早いし金もかからないし失敗しない。金儲けを考えたら、弁護士倫理(現弁護士職務基本規定)は邪魔なばかりだから、弁護士になんてならないほうがいい。
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そもそも民主主義は立法府に妥当させておけばいいわけで、司法府が民主化する必要は全くなかった。少数の「わかっている」専門家たちが担当していればよい。なぜなら、仮にその少数の専門家たちが誤るなら、法律を立法するなり改正するなりして民主主義の牙城たる立法府がどうにでもできるわけだから、国は誤らない。そもそも、司法府は戦前より概ね誤ってはいない。誤っているような場面があるとすれば、それは立法府の誤りだ。なぜなら司法府は、立法府の立法した法律の枠内でしか稼働できないから、立法そのものが誤っていたら基本的にどうにもならないからだ。もとより立法が誤っていても、「法解釈」によってある程度の救済はできるのだが、法解釈が行き過ぎると僭越なる立法に成り下がってしまう。すこぶる危険だ。
そこを、なんでもかんでも民主化しようとするから、司法府が立法府と同化して、これまた成り下がってしまうのだ。司法府は、立法府なり行政府なり、マジョリティに対するアンチテーゼでなければならない。そのアンチテーゼがマイノリティであって結構だし、維持できなくて結構なのだ。しかし、「違った意見」とか「マジョリティに対する反抗」の存在そのものが、真の民主主義を実現する。だから、司法府が民主化して立法府と同じになってしまっては、真の民主主義は実現しない。
そもそも民主主義とは怖いものだ。
ヒットラーは選挙によって=民主主義によって生まれた怪物であることを忘れてはならない。日本でも、テレビの人気者が政治家になってみたりする。クラスの人気者が学級委員になってみたりする。しかしそれは本当に民意だろうか。シニカルな民意ではなかろうか。そして結局のところただの人気者たちは適当な政治をして民意の不満を呼ぶのだ。もともと人気者と政治家とはタレントが違う訳だから彼らを責めても仕方がない。シニカルな民主主義が彼らを造り上げたのだから。
民主主義とか民主化という誰も否定しない裸の王様は、実はダークサイドからの呼び水でもある。
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さて、最高裁も法務省も日弁連も、そろそろ司法の民主化だとか、裁判員制度だとか、司法制度改革だとか、そろそろ失敗を認めて名誉の撤退をしてみないかね? いっぺん始めたものは凄惨な結果を見ない限り止められないっていう日本人の悪しき因習は、大東亜戦争で大いに反省したところじゃないのかね?
司法制度改革って、別に何の不満も落ち度もないのに、そろそろ古女房とは別れて若いムスメを嫁にもらう、みたいな感じがしてならないんだ。

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